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山口総長にうかがいました-環境報告書2015より

環境報告書2015より

北海道大学総長 山口 佳三 × サステイナブルキャンパス推進本部 池上 真紀

北海道大学サステイナブルキャンパス推進本部

コーディネーター

池上 真紀 Maki Ikegami

東北大学大学院理学研究科物理学専攻修了。修士(理学)。同大学院環境科学研究科修了。博士(学術)。同大学院環境科学研究科助教を経て、2012年4月より現職。キャンパスの環境負荷低減に取り組み、サステイナブルキャンパスの概念を大学の機能や役割として具体化した評価システムを2013年に開発。

北海道大学総長

山口 佳三 Keizo Yamaguchi

京都大学理学部卒業。名古屋大学大学院理学研究科博士課程(前期課程)、京都大学大学院理学研究科博士課程(後期課程)修了。専門は微分幾何学。1999年 北海道大学総長補佐、2011年 理事(教育、学生等)・副学長(高等教育推進機構長、アドミッションセンター長、人材育成本部長兼任)を経て、2013年 第18代北海道大学総長に就任。

世界と地域の課題解決に貢献する北海道大学へ。

「北海道大学の今と未来が見える『環境報告書』にしてほしい」。そんな要望をたびたび耳にしたサステイナブルキャンパス推進本部では、2015年5月、総長にインタビューを試みました。毎年恒例の総長対談(あるいは鼎談)をお休みとして今年度掲載する総長談は、研究者、職員、学生、そして市民のみなさんにもぜひお伝えしたい内容になっています。

サステイナビリティを意識すれば研究も変わる。

池上 昨年『北海道大学近未来戦略150』が策定され、「世界の課題解決に貢献する」と謳われていますけれども、特に気がかりな世界の課題は何でしょうか。

山口 ひとつは地球温暖化。かなり異常気象が続いていますよね。それと津波の後の原発の問題。大学での研究が直接社会とかかわらなければいけない問題が増えてきている印象がありますね。

池上 総長は昨年の環境報告書でも「科学技術によって社会がバラ色になるという価値観はなくなってきていて、そことサステイナビリティとの関係があるのではないか」というお話をされていますよね。

山口 10年、20年前から石油資源の枯渇は言われてきて、シェールガスの登場があって先延ばしになっているけれど、やはり問題が差し迫っている気がします。産業社会の発展の中でCO2の増加という問題があって、その増加ゆえにいろいろな環境破壊が進んでいる。その意味で、産業革命以来の「科学技術の進展がすべて社会を良くしていくんだ」という余裕はなくなってきていると思いますね。そういうところでサステイナブルな社会をどう創っていくかという発想が生まれてきたのだと思うし、それがけっこう大切なことなんでしょうね、大学の研究者にとっても。

池上 私は大学院博士課程のときに再生可能エネルギーの研究をしていて、昭和40年ぐらいから使われなくなった里山をもう一度使い始めるにはどうしたら良いか、といったことも研究していました。山の木をどうやって薪などの木質バイオマス資源として普及させるかと考えていると、グローバルな問題がローカルな問題に置き換わってしまう。それで、グローバルイシューは実際はローカルイシューの集合体なのではないかという感触を私はもっているのですが。

山口 3年ぐらい前、北大でおこなっているサステナビリティ・ウィークにカナダのサスカチュワン大学の副学長さんが来られたんです。その方は数学者で、私とある意味、同業者。彼が言ったことが非常に印象に残っていましてね。それは「数学ですら無関係ではない。むしろ大学の研究者にとっては、全員がかかわれること。どういう意識をもつか、自分のやっている専門に対してサステイナビリティというものを意識するかしないかで、やる仕事が変わってくる」と。地球全体のことを考えつつも直接的には身近な問題があるということで、まさに自分のまわりの問題、ローカルイシューであると思います。その意味で、サステイナビリティというのは人の感じ方が一番大事で、各大学人がそれを意識するかしないかで、研究の方向性が変わってくるのではないかと思います。

池上 総長のご専門である数学の世界でも、哲学的な著書を出される方がたくさんいらっしゃいますね。社会に数学者が提言する動きは広がってきているのでしょうか?

山口 あまりそうとは思わない。多分その方も副学長という立場でそういうことを感じられたのだと思います。ただ、歴史的な事実で言うと、本当に社会を変革するようなネタはずいぶん純粋数学者が用意していた。たとえばコンピュータの発達における2進法。2進法はプラスマイナスの世界と結びつく計算原理ですね。数学としてはあたりまえのことが、社会での使われ方は全然違う。数学は元々は自然科学を認識するときの、人間がものを考える手段みたいなところがありますが、数学がどう使われるか、やっている数学者は意識していないでしょうね。

池上 数学は一定の条件なり仮定があって、それに対して事実を発見していくようなことなのでしょうか。

山口 数学は自然認識、神認識の手段ということで始まって、最初にユークリッド幾何学では現実の世界、空間を認識する手段だと思われてきたけれども、非ユークリッド幾何学が契機になって「空間概念というのは人間がどう理解するかという問題だ」ということになった。19世紀には公理から出発した論理体系をつくるのが数学の仕事だという公理主義が出てきた。ガウス、リーマン、そういう人たちの基本的な組み立てがあって、アインシュタインが相対論的宇宙観をつくるのに利用したバックグラウンドは、数学が概念的に与えているわけですよね。20世紀の数学は定理を発見する一方ですごくフレキシブルになって「何を考えてもいい」という自由さをもったことになっているんです。発想の逆転みたいなことがけっこう起こっていて、なかなか受け入れられないでいても、一旦受け入れてしまうと世界が広がる部分があるんですね。我々が学生の頃、受け入れるのが難しいと思っていたものが、最近の学生は「もうちょっと先に明らかなものがある」と思って、わりとサッサと概念的に受け入れられるようです。

池上 世代で変わってきているんですね。実際、自分の研究がやがて社会でどう使われるかというのは数学者自身は?

山口 全然意識していない。

池上 と、おっしゃったんですけれど、実際のところ、そういうものが組み合わさって、社会にかなり大きな影響を与えているわけですよね。数学も含めて科学は、社会をどう変えるかという点では常に中立ですが、人間の技術が入った時点で世の中を良くするものなのか悪くするものなのか、急に分かれてくる気がするんですけれど。

山口 理論物理は確実にそうですよね。純粋な原子核とか素粒子の研究のところから本当に原子爆弾ができあがった。そのときに理論物理の世界は変わりましたよね。今は解明すべき現象が複雑になってきて、単純に物理の進展、数学の進展でガラッと変わるという感じではない。昔は「そのうち自分のやっていることも役に立つんだ」って言っていたけれど、今は完全にそう言えるかどうか自信がなくなっているのかもしれませんね。

北海道の総合大学だからできることがある。

池上 北大だとCoSTEPのような、社会と科学もしくは科学技術との中間を扱う人材を育成しようというユニークなコースがありますよね。あれは社会に貢献するのかなと思うのですが。

山口 そうですね。鈴木章先生がノーベル化学賞を受賞された前後もずいぶんCoSTEPの役割は貴重でしたよね。先生のクロスカップリングの研究をみんなにわかりやすく知ってもらう活動で、科学に対する単純信仰が崩れていく中では、わかりやすく語るために、私自身は科学技術コミュニケーションは理学においてきわめて大事だと思ったんです。

池上 原発の事故が起きてから、ホットスポットができてしまった地域の農家を支え、なおかつ農産物を買う側の安全・安心が保証された状態をどうやってつくるか、という研究をされている先生もCoSTEPで講義をなさっていました。そういう役割の人は……。

山口 必要ですよね。科学技術は、昔は物理の好きな人や数学の好きな人がやっているものの積み重ねというイメージでしたけれど、本当にそれがかかわるべきものはかなり広がりがあり、現実社会のものになっている場合に社会性の部分をつなぐ役割を担うのは必ずしもサイエンティストじゃない。やはり社会科学の人にも入ってもらわなきゃいけないし、その意味でやっぱり大学の役割は大きいですよね。

池上 特にこういう総合大学で。

山口 総合大学だと理系の人と社会学の人が連帯することもできるし、エネルギーの問題でも、北海道大学はずいぶん社会に対して問題提起しているところもありますしね。

池上 北大は今、文部科学省の「スーパーグローバル大学創成支援」事業に採択されて、世界レベルの研究やネットワークをめざしているんですけれども、実際は顔が見える範囲で、生身の人たちとかかわって研究をされている先生たちもいらっしゃるんですよね。北大としては、グローバルレベルの成果を求める研究と地域での研究と、やはり両方必要でしょうか?

山口 両方必要ですね。フード&メディカルイノベーション拠点 (FMI)というのが新しくできたんだけれど、そこでやっていることは本当に新しい産学連携の取り組み。センター・オブ・イノベーション (COI)という国の政策があって「企業と大学とが組んで新しいイノベーションを起こしましょう」という中で、「食と健康の達人」というテーマでやり始めた。今までの大学の研究は、食・健康・医学それぞれに専門分野があったけれど、それをつなげて将来、健康社会をどう維持していくか、人の生活にかかわる形で企業と組んで、必要なものを開発しつつ進もうという事業なんですよね。実装のために岩見沢市を選んで、かなり具体的な実験を始めています。岩見沢市を選んだのは、高齢化率が高い北海道の中でも高齢化がかなり進んでいる一方で、IT機器が各家庭に整備されてネットワークのインフラがあるからです。今度の事業には20数社の企業が入っていて、大学と企業との複合体という形で進めようとしているものがあるんですね。大学にすれば、社会との新しいかかわり方が出てきている。それは大きく言えば、サステイナブルな社会をつくるのに貢献していくのかなという気がしますけれど。ゆくゆくは札幌市に広がり、全道に広がり、さらには日本中、全世界に取り組みが開発されていく。そういうものをめざしている事業なんです。FMIの建物は5階建てで、3階以上は研究スペースですが、1・2階は「市民に本当に健康を意識してもらうためのスペースです」という案内が開所式でありました。企業の方、大学の方、あるいは市民の方が自由に議論できるような工夫もあるスペースが北大の中に生まれたということになります。

学びのチャンスを学生にも市民にも。

池上 話は変わりますが、2008年、佐伯総長の時代に「札幌サステイナビリティ宣言」をG8大学サミットの中で採択しました。当時「サステイナビリティ」は非常にとらえにくい概念だったと思うのですが。

山口 私が理学研究院長のころでしたね。一番効果的で結果を残したのは、あれから始めて毎年続けているサステナビリティ・ウィーク。全学の大学院生を参加させて、市民の方に来ていただいて議論できたのは貴重な財産になったと思います。大学院生が参加する部分は、これからスーパーグローバルの一環で始める「サマー・インスティテュート」に含めて、全学の学部学生・大学院生が参加してサステイナビリティに関する勉強ができるように発展させていきたいと思っています。

池上 サステイナブルキャンパス推進本部では「国際シンポジウム」を毎年開催しているんですけれど、講義と時間が重なるため、学生の参加率が低いという課題があるんです。

山口 サマー・インスティテュートの中でやると、学部学生・大学院生が出席しやすくなるでしょうから、単位にきちんとなるように設定したいと思っています。

池上 そこには海外から著名な先生や学生が来られるということで、キャンパスの質はかなり高いものを求められるかなと思うのですが、現状のキャンパスに対して何か「こうだったらいいのに」という思いはありますか?

山口 誰しもがここのキャンパスに来て「すばらしい」と言ってくれるし、市民の方も観光客も自由に入れる場所になっている。典型的なのは、みんなポプラ並木に行った帰りに、今工事中だけれど、総合博物館に行きますね。国立大学の法人化前後、各大学にああいう博物館ができたけれど、ここの入場者数はケタ外れに大きい。修学旅行生にも観光客にも市民にも来てもらっているのは伝統だと思います。市民の方も含めて学びのチャンスがあるのはすごく大事なことですから、サステナビリティ・ウィークの取り組みも、市民参加の企画が増えてくるといいなと思います。冬場のキャンパスは雪の問題があるけれど、夏場はいい状態に維持できているかな。問題をあげれば交通量、特に自転車。運転免許を持っていない学生は、自転車に乗る時にマナーが悪すぎる。道路交通法を理解していない。おまけにスマホをながめながら運転して。自転車に乗る学生のマナーの悪さ、それは最大のキャンパス問題かもしれないですね。

池上 最後にひとつ。良質なキャンパスと環境負荷の小さいキャンパスはなかなか両立しないというのは大規模な研究大学だとどこも抱えている問題だと思います。研究成果を出すための設備・施設も必要ですし、北大は冬寒いので、エネルギー削減ということを考えると非常に不利ですが、そのあたりはどうお考えですか。みなさん、日常の節電はがんばっていると思うんですよね。

山口 そうですね、いろいろな工夫をしているけれど、今一番頭が痛いのは電力料金の値上げの問題で。たとえば地球環境科学研究院の建物とか、いくつか選んで電気系統の実験的な試みを始めたんですよね。あれも全学に広めたいですね。

池上 特に地球環境科学研究院は成果もきちんとまとめているので、会議で事例を発表していただいたりして情報を普及させる場はもっと設けたいですね。全学のエネルギー消費削減を実現するには横同士の情報交換が鍵ですから、どんどん進めていきたいと思っています。本日はありがとうございました。


北海道大学近未来戦略150―世界の課題解決に貢献する北海道大学へ

北海道大学は、2026年に創基150年を迎えます。今、急激に社会が変動する中で、知の拠点である大学は「イノベーションを創出し、社会の改革を主導する人材」を育成することによって、日本と世界の持続的発展に貢献しなければなりません。本学は、社会において大学が果たすべき役割の重要性を認識し、「世界の課題解決に貢献する北海道大学へ」向けて大学改革を進めるため、「北海道大学近未来戦略150」を2014年3月に策定しました。

目標
  1. 北海道大学は、次世代に持続可能な社会を残すため、様々な課題を解決する世界トップレベルの研究を推進する。
  2. 北海道大学は、専門的知識に裏づけられた総合的判断力と高い識見、並びに異文化理解能力と国際的コミュニケーション能力を有し、国際社会の発展に寄与する指導的・中核的な人材を育成する。
  3. 北海道大学は、学外との連携・協働により、知の発信と社会変革の提言を不断に行い、国内外の地域や社会における課題解決、活性化及び新たな価値の創造に貢献する。
  4. 北海道大学は、総長のリーダーシップの下、組織及び人事・予算制度などの改革を行い、構成員が誇りと充実感を持って使命を遂行できる基盤を整備し、持続的な発展を見据えた大学運営を行う。
  5. 北海道大学は、戦略的な広報活動を通じて、教育研究の成果を積極的に発信し、世界に存在感を示す。

北海道大学 4つの基本理念

  • フロンティア精神
  • 国際性の涵養
  • 全人教育
  • 実学の重視

HOKKAIDO ユニバーサルキャンパス・イニシアチブ

北海道大学は、文部科学省の「スーパーグローバル大学創成支援」事業に採択されました。「世界に開かれ、世界と協働する大学へ」と変革を進めるため、全学的に取り組む「1-4-4改革プラン」を策定。その事業戦略として「4つの教育改革プラン」を、機能戦略として「4つのシステム改革プラン」を推進しています。

4つの教育改革プラン
  1. NITOBE教育システムによる 先進的教育の実施
  2. 異分野連携による 「国際大学院」群の新設
  3. ラーニング・サテライトの機動的開設
  4. サマー・インスティテュートの展開
4つのシステム改革プラン
  1. 全学的な教学マネジメント体制の整備
  2. 人事制度の国際化
  3. 国際対応力の高度化
  4. 国際広報力の強化