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ここだけの魅力がある北海道大学 -環境報告書2014より

左から、坂井准教授、山口総長、有坂さん

北海道大学総長

山口 佳三

京都大学理学部卒業。名古屋大学大学院理学研究科博士課程(前期課程)、京都大学大学院理学研究博士課程(後期課程)修了。専門は微分幾何学。北海道大学理学部助手・講師・助教授、1993年 教授、

1999年 北海道大学総長補佐、2011年 理事(教育、学生等)・副学長(高等教育推進機構長、アドミッションセンター長、人材育成本部長兼任)を経て、2013年 第18代北海道大学総長に就任。

工学研究院 准教授

坂井 文

横浜国立大学工学部建築学科卒業。米国ハーバード大学ランドスケープ・アーキテクチャー修士。英国オックスフォード大学、米国カリフォルニア州立大学ロサンジェルス校客員研究員。ロンドン大学PhD。

JR東日本、ササキアソシエイツ(ボストン)勤務。一級建築士。2007年2月より現職。

農学部3年

有坂 紀子

東京都出身。北海道大学農学部生物資源科学科3年。分子環境生物科学研究室所属。学生による東北復興支援団体「北海道学生震災支援ネットワークHOSUP」の現代表。また農業サークルの「畑くらぶ」に所属し、丘珠の畑で野菜の有機栽培を行う。所属する研究室では農学部でありながら「脳」を研究。

女性の活用が叫ばれる時代を映して、2014年7月、北海道大学総長が女性の研究者・学生と話し合う場を設けました。話の内容は、性別にとらわれることなく、北海道大学の魅力を再確認し、将来へ想いを馳せるものになりました。

アメリカみたいな北大キャンパス。

山口 総長室に入るのは初めてですか。あのクラーク先生の肖像画は、子孫の方から贈られたものです。クラーク先生は札幌に半年ちょっといらしただけで、大きなインパクトを残されている。新渡戸稲造、内村鑑三といった農学校の第2期生はクラーク先生に会っていないんですが。

有坂 大先輩ですね。

坂井 クラーク先生はアメリカの大学からいらしたのですよね。先生もアメリカの大学にはいろいろと行っていらっしゃいますよね。

山口 日本では大学を卒業して学位をとってから北大に来て、30何年居着いてしまった。アメリカでは最初ニューヨークでコロンビア大学。1981年かな。景気が悪いときだから、非常に危険な街だった。

坂井 80年代後半、ニューヨークに行ったんですけれど「絶対地図なんて広げちゃいけない」と言われて、地図を最大限に縮小コピーして、手に貼り付けて歩きました。ポケットパークという都市の小さな公園に出合って、こんな外部空間を設計したい、ならアメリカに勉強しに行かなきゃいけないと。

山口 それはどこですか。

坂井 グリーンエーカーパーク。ちっちゃな公園なんです。その頃、建築と建築の間の空間に興味があって。81年だとご苦労されたのではないですか。

山口 当時、大学の助手は恵まれていて2年続けて留学していたんです。サンフランシスコのバークレー大学に行ったら、パークピープルが公園に住んでいて、すごく安全だった。おもしろかったのは、ニューヨークの犬は決して鳴くことがない。バークレーではさんざん吠えている。それが平和な感じだった。最近は逆ですね。

坂井 アメリカは東と西で二つの国ぐらいに違いますよね。真ん中は?

山口 90年からミネアポリス。そこで初めて−35度というのを経験したかな。摂氏と華氏ってあるけれど、1次曲線の交点が−40度。だから−40度は摂氏も華氏も同じなわけ。

有坂 未知の領域ですね。

坂井 外を歩くと危険なぐらいですね。私は北海道に来て、アメリカみたいと思ったんですよ。

山口 日本でも札幌は異郷の地。東北と連続していないし、海峡を渡ると植生が全然違う。瓦のない風景はニューイングランドと雰囲気が似ているから、アメリカの人たちを札幌に連れてきても違和感がない。

坂井 イギリスの先生も「ここはアメリカの大学みたい」って言うくらい。

山口 キャンパスが日本的じゃない。しかも、観光客であふれている。

坂井 土日に出勤すると、ほとんど公園と化している。

山口 私も数学科だったから、目の前がポプラ並木で、窓からのぞいたら「なんだ、あれは?!」っていうほど観光客。そういう風景はよその大学では見られないですよ。

坂井 キャンパスってパブリックかプライベートか?という議論があると思います。オープネスの状況に100%から0%の段階があるとすると、北大キャンパスは100%に近いくらいオープンで珍しいと思います。

山口 夜でも平気でみんな歩いているよね。

有坂 夜、走ったりしていますね。10時、11時でも大丈夫なので。

山口 あなたは出身はどこですか?

有坂 東京です。初めて北海道に来て、キャンパスを見たときには心が躍りました。

山口 オープンキャンパスに来て「気に入った」と受験する学生も多いし。

坂井 まわりの方の出身は、北海道と道外と半分ずつくらいですか。

有坂 私の代は北海道出身が49%で、51%が道外からですね。

山口 総合入試を始めてから、今年の4月の段階で60%が道外からです。東京にも全国から学生が来るけれども、今や東京大学ですら6割が関東圏なんですよ。北海道大学はすべての都道府県から学生が来ます。北海道に対する憧れみたいなものがあって、それと“Boys, be ambitious”って言葉。小学生も知っていますでしょ。

坂井 あれはどこで教わるのでしょうか?

有坂 クイズ番組で「誰が言ったでしょう」なんて、けっこう出てきますね。

山口 入試説明会を東京と大阪と名古屋で開催しています。秋葉原で一昨年は1,000人を超えました。大阪だと500人。名古屋だと300人ぐらい。単独でそれだけ人数を集められる国立大学は北海道大学しかないと思います。やっぱりキャンパスのイメージは大きいんですよね。

坂井 嫌なことがあっても、入ってくるとリセットされるような美しさがありますよね。

日本全国から北大へ、そして、世界へ。

山口 北大では7割以上の学生は親元を離れて生活している。

坂井 いろんなバックグラウンドがある人が集まってきているのは強みですよね。

山口 北海道は外から来る人ウェルカム。それがプラスに作用している。ニューヨーク留学中につくづく思ったんですよ。地下鉄に乗ったら、いろんな人種の人がそれぞれお国の言葉で書いた新聞を読んでいる。日本語、中国語、韓国語、ギリシャ語、アラビア語も。人種のるつぼにいて、民主主義って何かわかった。隣の人と理解し合えないのはあたりまえ。外見も言葉も違うから。だからお互いコミュニケーションしなきゃいけない。それが日本にいたら理解できない。

坂井 コミュニケーションの重要性は私も身にしみました。

山口 若いとき、感受性の強いときに出た方がいい。今は「インターネットで見られる」って言うけれど、本当に見て感じることとは違う。

坂井 インターネットで得られる誰でも得られる情報ではなく、自分自身の経験から得た情報やその場で考えたことはかけがえのないもので、人間形成に大きく寄与しますよね。

山口 親元を離れたっていうのは大きいでしょ?

有坂 大きいですね。ゴミを出すのも自分でやるし、ゴハンを作らなきゃいけないし。とにかく自分で律していかなきゃいけなくて、一人で過ごすと違うと感じています。

山口 去年から新渡戸カレッジを始めたけれど、ここの学生は外国に行くのは、それほどハンディがないと思うんです。もうみんな親から離れて札幌に来ているから。

有坂 どんどん外に出たい想いですね。

坂井 有坂さんは東北にも行ってらっしゃるんですよね。

有坂 実家暮らしだったらそんなに出ることもできなかったかなと思うんですけれど。今、夏に15人ぐらいを集めて東北に行こうって計画しているんです。だんだんと震災に関する関心が薄れてしまっている中で本当に応援していく人を増やすには、魅力を知ってもらうのが一番大事かなと。震災から学ばなきゃいけないこともたくさんあると思うんですけれど、行き続ける、応援し続ける、そういう心を育てたくて動いています。

山口 震災だけじゃなく学んできてほしいのは過疎化。北海道でも札幌市に一極集中が進んでいて、過疎化は日本全体の問題でもあるし、共通する問題が見つけられればいいなと。

坂井 去年から関わっている十勝のまちづくりでも、災害があったわけでもないし農業も成り立っているけれども、次の世代にまちはどうなっているのだろうと。

有坂 雇用が問題なんですか。

山口 仕事がないから若い人は道内でも札幌に集中しちゃう、という現象ですよね。

有坂 美瑛とか富良野とかもきれいなところなので、産業がうまくいけば若者もいっぱい来るのかなと思うんですけれど、持続性が難しいですね。

坂井 これからはつくった魅力を継続させていく工夫が必要ですよね。北大のキャンパスの魅力も、自然の美しさと大学でのいろいろな活動の調和によって、持続されていくと思います。

山口 今、外国の研究者や学生を北大のキャンパスに呼び集めて、日本の学生も海外に送る仕組みを作ろうと考えているんです。夏に外国から来てもらうなんて京都ではできないでしょう。

坂井 去年、全国の学生が集まってワークショップをやったんです。ある先生が「涼しい北海道で生産性がすごく上がった。」って。本当にサマースクールはもってこいですよね。

山口 200万都市って言いますけれど、これだけ人口があって積雪が多い所もないですよね。本当に寒い所は雪なんて降らない、乾きすぎて。

坂井 雪を夏の冷房に使う工夫は進んでいて、この気候をどう使っていくか、キャンパスが実験台みたいになることは可能ですよね。

山口 札幌市では除雪の影響で、春になったら横断歩道のペンキ塗りをやるでしょ。除雪をどう管理するか。ビッグデータの使い方にも大きな実験場になるんです。

有坂 東京だと2、3cmの積雪でも壊滅くらいの状況になってしまうのに、こちらだと平気で学校も普通にやるし、なんでそんなにうまく回るんでしょう。

坂井 積雪という気象変動のあるなかで都市機能が運営されるシステムは、たとえば災害に対するマネジメントシステムとしても展開できると思うんです。じつは私、着任した日がすごい雪で「明日は学校休みですね」って同僚の先生に言ったら「こんなんで休みだったら毎日休みだ!」って言われたんですよ。

12年後に迫る150周年へ向けて。

山口 「北海道大学近未来戦略150」という改革戦略に将来像みたいなことを書いたんです。どういう大学にしたいのか、そのベースになるのが4つの基本理念で「フロンティア精神」「国際性の涵養」「全人教育」「実学の重視」。これは農学校時代に掲げられたんだけれど、現代的な意義があるので目標にできるわけですよね。フロンティアスピリットは日本の中でも大事。国際性の涵養は、グローバル化した中で世界の片隅で起こったことにも影響されるわけで、それを無視しては生きられない。全人教育は、人間ベースのところを大事にしなきゃいけない。実学の重視は、21世紀になって科学の発達にとってバラ色の世界ではなくなったし、だからサステイナビリティという言葉が考えられるようになったから、実学の応用を意識しないといけない。基本的に明治に日本は近代化した。成功の秘訣は教育だったと思う。ただ、技術的なレベルは上がったけれど、ソフトな面が壊れ始めている。その部分を開発するにはイノベーション、場の変化みたいなことを創っていかなきゃいけない。ベースは若い人たちがそのことに気がついてくれること。そのために教育をきちっとする。北海道大学に来た人は世界にも目を向ける。そういうことをやっていきたい。

坂井 実学って、私も授業でよく言っているんです。工学部ということもあるのですが。勉強して実務に就き、また大学に戻って再就職という経験は、貴重だったと思います。大学がもっと社会に開かれて、多様な人材がともに勉強し議論する場になり、幅広い視野をもった学生を世界に送り出したいと思っています。

有坂 北海道に来て農業の現場をよく見せてもらっていて、食の安全に対して危惧というか懸念がありまして。じつは遺伝子組み換え作物が混入しているんじゃないか、こわいなと思ったりするので、安全な暮らしが保てるような制度づくりなどに関われるようになりたい。あと、地域がうまく生きていける制度づくりができたらいいなと考えています。

山口 大学の大きな役割が、研究し、人を育てるということになれば、社会と共に研究し共に教育する、そういう場であることを思い出さないといけない。大学は今まで通りにならない、というよりは、いさせてもらえない状況がどんどん起きている。今、北キャンパスエリアで本当の意味での産学協同、COI (Center of Innovation)っていうのが始まっている。その中で北海道大学がいろんな企業と一緒に取り組もうとしているのが、食と健康。医療、医薬を越えて食も含めて将来の健康社会をどう創っていくか。それを社会発展の将来構想をにらんで、やはり大学としても動いていきましょうということも始めていますから。学生のあなたがやることも、いっぱいあると思いますよ。