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北大に懸ける夢 −北海道大学だからこそできること、やらなくてはならないこと−佐伯総長にうかがいました

環境報告書2009より

公園にあるスーツを着た男性

中程度の精度で自動的に生成された説明

北大は日本で最初の環境研究に着手し、常にその先端を走ってきました。2008年の北海道洞爺湖サミットの時にはその集大成として、環境研究の発信や啓発活動に尽力し、国内外から高い評価を得ました。また、2005年に科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)を立ち上げ、広く一般に向けても、環境問題を含めた科学技術リテラシーの向上に努めてきました。これらの活動を経て、北大のトップは北大の未来に何を思い描くのか。CoSTEPの渡辺保史客員准教授が聞き手となり、佐伯浩総長が北大のこれからの思いを語ります。

北海道大学総長
佐伯 浩 さえき ひろし
1941年宮崎県生まれ。1964年北海道大学工学部土木工学科卒業、1966年同大学院工学研究科修士課程修了。海岸工学、港湾工学、氷工学、寒地海洋工学を専門分野とし、波が港湾構造物に与える力、海上を移動する氷と波の関係などを研究してきた。2007年5月より現職。

北海道大学高等教育機能開発総センター
科学技術コミュニケーション教育研究部 客員准教授
渡辺 保史 わたなべ やすし
1965年北海道函館市生まれ。記者をへて、フリーランスのジャーナリスト兼プランナーとして活動。2008年より北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)特任准教授として着任、2010年より現職。

環境は北大にとって綿々と続くアイデンティティ

渡辺 本日は、北海道大学が環境先進大学として今後どのような形で取り組むのかその全体像と、佐伯総長が個人として、環境問題に対してどのようにお感じになっているか、それをお伺いしたいと思います。
北大は2年前に、大学サミットやサステナビリティ・ウィークなど、環境に対して重点的に取り組んでいくと社会にメッセージしました。今振り返ってみてどう感じていらしたのですか。

佐伯 今、人類に課されている課題の一つが地球規模の環境問題です。もう少し早く、例えば30~40年前に大学が世界にそういうことを提言できていたら、もっと世の中は変わっていたと私は思うのです。ですから、それを挽回したいという気持ちがあります。
サステナビリティ・ウィークでは大学をあげてサステナビリティの重要性を発信しましたが、これは大学にたくさんある役割の中の一つです。個人的には、私が北大の同窓会に参加する度に、北大を巣立った人が持つ大学のキャンパスに対する思いを非常に強く感じます。大学自らが襟を正して持続的な社会をつくる努力をする。それと同時に、必ず北海道大学のキャンパスを、景観を含めて維持しないと、大学やOBのアイデンティティを崩すことになってしまいます。

渡辺 このキャンパスはまた、市民に親しまれる“半公共空間”で、いろいろな人が行き交う空間だからこそ、求心力の強い発信ができると思います。

佐伯 本当にその通りです。もう一つ、意見を外に出す時に大切なのが「本当にこれをやっているのか」ということです。みんな評論家的に論じても、自分のやっていることについては言いません。だから私は、サステナビリティを発信するときに、大学自らがそれを常日ごろ実践していないと、信頼を得られないと思っています。

スーツを着た男性のコラージュ

低い精度で自動的に生成された説明

先端研究を下支えする「積み重ね」こそが誇り

渡辺 佐伯総長からご覧になって、北大の環境関連の研究・教育の特長やアピールポイントを教えてください。

佐伯 私自身も環境に関わる工学をやっていて感じるのは、北海道に場があるということ。環境研究の発端は、環境が悪くなってからきれいにしたいというのがほとんどです。しかし、環境がきれいなところの人が、よりきれいに、本来の自然が持つ姿を作りたいという意識にならないと、新たな視点は生まれません。その点北大には、研究林や臨海実験所など、自然に関わる調査ができるフィールドがあり、恵まれています。
もう一つ、自然を相手にする研究は、成果が出るまでに時間がかかりますが、それが新しい研究の基盤を支えます。例えば、最先端のコンピュータや、シミュレーション技術を使って研究するとき、最終的に結果を検証するには、長年地道に調査してきた結果に合うかどうかを確かめるのです。時間もお金もかかるデータ蓄積をする研究者がたくさんいることは大学の誇りです。

渡辺 佐伯総長自身も、アイスエンジニアリングの先駆けになる研究を30年以上なさってきた研究者として、今の環境科学やそれに携わる教職員や学生の、意識や手法、マインドの違いを感じられることはありますか。

佐伯 私は、研究に対する謙虚さがとても大事だと思っています。われわれは常に自然に学ぶ立場で、場合によっては地元に長年住んでいる人たちの方がはるかに詳しいのに、ただ知識が体系化されていないだけということもあります。その知識をいただくという意識がないといけません。

渡辺 それは科学技術コミュニケーションにとっても、非常に重要なご指摘です。現場の体系化されていない知識や、生のデータを“いただく”という謙虚な姿勢を持つこと。そのことを感じた、研究中のエピソードがあれば教えていただけますか。

佐伯 例えば、冬期にサロマ湖に流氷が入る現象を研究していたときに、研究室での実験の規模が現地に比べて小さいことを危惧していました。3~4年かけて結論が出始めた頃、現地の人と話をした時に、実験と同じことが昔から何度も起こっていたことがわかり、この実験に自信を持てたということがありました。現地の人に、実験を手伝ってもらったり、何度か一緒に酒を飲んだりすると、お互いに信頼ができ、情報が生きてきます。自動の計測器がなかなか手に入らなかった昔、われわれが根室の花咲港で調査した際に、地元の高校の理科クラブにデータ計測の協力をしてもらいました。その時は、地元の人からも実験に対してとても大きな反応がありました。

渡辺 その高校生は、地元の環境を知るきっかけになった。例えば今年は国際生物多様性年で、子どもたちが動植物を観測して、そのデータをインターネットで集める、新しい環境教育があります。総長のご体験は、まさにその原点で、時代が変わっても本質は変わらないんですね。

キャンパスやフィールドをみんなが活かしてほしい

人, 屋内, テーブル, 男 が含まれている画像

自動的に生成された説明

渡辺 さきほども出ていた、キャンパスの環境をどう持続するのかについて、総長の考えを聞かせてください。よりサスティナブルなキャンパスにしていかなければいけないですね。

佐伯 CO2を率先して減らさなければならない立場ですが、研究の最先端を維持するために必要な施設は、エネルギーが必要なものが多い。調整しながら全体を減らさなければいけません。

CO2を減らす面からすると、北の森林プロジェクトとして、CO2を排出する事業をした後に、研究林を除伐・間伐してその分を吸収させるカーボン・オフセットという方法もあります。これは、地元の人にも林業で働く場を確保できるわけで、大学だけでなく、CO2を出す企業に寄付をしてもらった分で除間伐という有効活用ができるのではないかと。環境負荷を、大学が減らすのと同じくらい、地域社会に減らす機会を提供するのもわれわれの大切な仕事です。地元の協力を日頃からいただくのですから、常に地元に対してできることをやっておく、さらにそれが研究につながればもっといいですね。

渡辺 地域社会の方々に、北大をこう見てほしいというのはありますか。

佐伯 市民が自由に入ってきて使えるキャンパスですから、環境に関わる講座や講演会、博物館、植物園など、どんどん活用してほしいと思います。

スーツを着た白髪の男性

自動的に生成された説明

異分野の人たちが認め合い研究者としての哲学を育む

渡辺 昨年の秋から、事業仕分けなどで科学技術やそれに対するコストが議論になりました。その中で、持続可能な社会をどうつくるか本質的な議論をするために、大学としてアピールすべきことは何でしょうか。

佐伯 総合大学で大事なのは、すべてが自然の状態を把握するための研究である必要はなく、さまざまな分野の人たちが融合して、お互いの領域を認め合う感覚が必要です。シミュレーションをしている人は、地道にデータを取っている人とのディスカッションを通して、目的が何かを見据える。研究者は選択ジャンルやテクニック、スキルを競い合うものですが、哲学的にテーマを持っていないと、本当の研究者とは言えません。
学生もいろいろな学部に入って、環境と自分の研究とのつながりを見つけ、さらに勉強したいという意欲を持つ学生がいます。そのためにサステイナビリティ学教育研究センター (CENSUS)を作りました。大学の講義は、すべての学生・研究者に開放していくことが大事だと思います。もう一つ範囲を広げて、ビデオ録画した授業や講義資料を北大のウェブサイト上で公開していき、誰でも見られるオープンコースウェア化することが理想ですが。

渡辺 日本でも途についたばかりのところが多いですし、これからですね。最後に総長が大学の中期計画などに込められている思い、未来の大学に対しての希望や夢を聞かせてください。佐伯 明治時代から、日本の経済は一貫して上り調子だったものが、十数年前から陰りが出てきた、今はそんな時代です。若い人たちが、今日より明日が良くなるといった希望を持てなくなっています。われわれは成長だけを追ってきたけど、それを捨てて、われわれの時にできなかったことは何かということを考え、この大学の人に残したいというのが一つ。
もう一つは、札幌にいても、ここはもう世界だということ。若い人たちの働く場は日本に限られないのだから、大学の中も国際化し、教育システムを外国に近づけないといけません。学生たちに、次のあなたの時代は日本に固執するのではなく、地球人としてやっていくのだとのメッセージするような大学にしていきます。日本人のアイデンティティを否定するものではなく、国家観というより個の時代に、早いうちに若い人を解き放ちたい。そのためにもわれわれも意識を変えて、努力していきたいと思います。