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ピンチをチャンスに変える新しい学びを。大学院教育学研究院 宮﨑 隆志先生

環境報告書2014より

宮﨑 隆志 Takashi Miyazaki

大学院教育学研究院・大学院教育学院 教授

1986年北海道大学院教育学研究科博士後期課程中退、同年に教育学部助手、2005年より現職。

壁の向こうへの冒険。

学習は講義の中だけのものではありません。日常生活にも、社会人の仕事にも、さまざまな場面に学びの機会はあります。社会教育学を専門とする大学院教育学研究院の宮﨑教授は「誰もが自分の人生の主人公となれるような学習のありかた」は時代の要請と考え、学習支援論に焦点を当てて研究に励んでいます。言い換えると、何らかの壁にぶつかっても、それを乗り越えていく学びを支援する働きかけについて研究しています。

宮﨑教授は「ピンチはチャンス」と言います。「物事がいつも通りにまわっているとき、人は深く考える必要がありません。いつも通りにできなくなって『なんで?』と悩んだときに、学びの質を変える必要に迫られます。うまくいかないのは環境や社会的条件が変わってしまったからですが、出現した壁を前にして、立ちすくんでしまう人もいます。しかし、それは暗黙化されていた前提を振り返り、新しいやりかたを生み出していくチャンスでもあるのです」

そこでは大学における学びにも関わる新しい質の学びが生み出されていると言います。「高校時代、勉強は与えられた課題を合理的に効率的に解く方法を考えることだったかもしれませんが、大学では課題そのものを見つけ出していくことが必要です。高校時代とは違い、大学では探究的・創造的な学びが求められます。未知なる領域に進む冒険のような学びとも言えます」。もちろん、そのような状況では当惑してしまうこともあり、新しいやりかたを創るには一定の条件が必要です。その条件を踏まえた新しい支援や教育のありかたを宮﨑教授は解明しようとしています。

北アイルランドの若者支援施設での

支援者インタビュー調査

北アイルランドの若者支援施設

(街の中にある美容実習施設)

ふりだしは深海魚。じつは宮﨑教授の研究関心の出発点には深海魚研究がありました。1972年にローマクラブが人類の危機について警告した『成長の限界』を高校1年生のときに読み、「大変なことになる!」と発奮。未来の食料問題解決に貢献する研究をしようと決意します。深海魚研究はその延長線上にありました。進むべき専門分野は農学か漁業関係だろうと考え、高校在学中に多くの大学へ「こういう研究はそちらの大学でできますか?」と手紙を出し、いくつかの大学から返事をもらって進路を固めていきました。

そして大学で学び始めて気づいたのは、食料危機の問題は自然科学だけでは解決できないということでした。沿岸漁業についての研究を進める中で、協同組合には市場と住民の暮らしの両方を見つめる視点があり、「利害が対立する下で、関係するすべての人が合意できるようなしくみ」が作り上げられていることに着目しました。そして、市場的な価値を優先することが前提となった経済活動の行き詰まりの下で、自然と人間と社会のバランスがとれるような新しい資源利用・漁場利用のしくみを生み出した漁民の学びのプロセスに研究の焦点が当てられるようになりました。

現在取り組む「社会教育論」とかつての「深海魚研究」は、表面的にはまったく違う分野に見えますが、根底にある思いは同じです。「グローバリゼーションはヒト・モノ・カネが国境を越えて行き交うことと理解されていますが、その本質は行き場を失った金融資本の投資先の確保にあります。本当の意味で求められているグローバリゼーションは、この世界に生きる誰もが『自分の人生に意味があった』と思って生を終えることができるような社会を築くための人類的な協働を進めることでしょう。そのためにはこれまでの前提を問い返す学びが必要であり、大学はそのような学びの場でなければならないのでは?」と教授は疑問を投げかけます。

教育学部前ローン

づまずくことを恐れずに。

さて学生のみなさんは順風満帆な学生生活を送っているでしょうか。宮﨑教授に言わせると「大学生は早くつまずいたほうがよい」のだそうです。卒論テーマの選定や就職先の選択では、自分と社会の関わり方が問われざるを得ません。その時になって、「自分は本当は何をしたかったんだろう?」と悩み、既存の“レール”の上を脇目も振らずに走ってきた自分に気づく人も少なくありません。その悩みは新たな自分を築くための貴重な機会ですが、もう少し早くその問いを自分に向けることができれば、大学生活は随分と違ったものになっていたかもしれません。「生き方につまずき悩むことは、決して恥ずかしいことではない。行き詰まったら小休止。社会と自分の関わりを考えて、もう一歩進むために時間をとる。いったん混乱するかもしれませんが、そこから新しい生き方が生まれるものです」

フランスの詩人ルイ・アラゴンの詩の中に「教えるとは、ともに希望を語ること。学ぶとは、誠実を胸に刻むこと」ということばがあります。教授は「大事なのは希望はどこから生まれるかということです。自分の中だけでは生まれない。他者との関わりの中で生まれるんです」と、学生らと一緒に探求し、新しい社会、世界をともにつくっていくことを願っています。

北アイルランドの若者支援施設でのライフストーリー調査