新着情報

  • HOME
  • 新着情報
  • サステイナブルキャンパス国際シンポジウム2014 基調講演より 植田 和宏 京都大学経済学研究科 教授

サステイナブルキャンパス国際シンポジウム2014 基調講演より 植田 和宏 京都大学経済学研究科 教授

2014年11月25日に開催した国際シンポジウムの基調講演より

持続可能な地域づくりと大学

植田 和弘 京都大学経済学研究科教授

ただいまご紹介いただきました植田です。小篠先生のほうからサステイナブルキャンパスの取り組みについてお話しいただきました。私は環境経済学が専門で持続可能な発展、持続可能な地域ということについて研究してまいりました。サステイナブル・ディベロプメントとかサステイナブル・ソサエティーという議論の観点から話題提供をさせていただきたいと思います。

最初に持続可能な発展、持続可能な地域社会とはどういうことなのかを申し上げて、その考え方から、サステイナブルキャンパスをつくっていくということの考え方や、どういうふうに誰が進めていけばよいかということと大学と地域のかかわりについて話を進めたいと思います。

私はサステイナブル・ディベロプメントという言葉が世の中に出てきて、すばらしい言葉だなと思いました。1987年にブルントラント委員会という、日本が提唱してできた国連の委員会で使われて、たいへん有名になりました。もともとは1980年に国際自然保護連合が最初に使ったといわれています。自然保護連合ですから、自然は保護しないといけないというのが目的としてあります。しかし、自然を使わないと人間は生きていけない。利用しながら保護する、保護しながら利用するという、やや矛盾したことを効率的にやらないといけません。そこで出てきた言葉がサステイナブル・ユース。たいへんわかりやすい、とてもよくできた言葉だと思います。ブルントラント委員会は『Our Common Future』という報告書を1987年に出しています。この報告書の中で持続可能な発展の定義を「将来の世代が自らのニーズを満たすための能力を損なうことなく、現在世代のニーズを満たすような発展」としています。こういう世代間衡平をもっとも象徴して表現していますが、報告書自体は、中に南北間衡平の問題とか、環境への配慮の要請とかいうことも併せて述べています。国際機関がよく使っていますが、環境的エコロジカルな持続可能性を、経済的な持続可能性と社会的な持続可能性の両方を統合的に実現するという概念で説明しています。あるいは、エコロジーをより強調する、人間の社会とエコロジーとのかかわりということから持続可能性を明確にするという立場からは、デイリーという人が、『持続可能な発展の経済学』という本の中で持続可能性3原則というのを謳っています。人間は活動すると必ず廃物が出る。大学からも必ず廃物が出ます。でもその廃物の容量を下げないといけない。人間社会は活動すると必ず資源を使う。これは大学もそうです。一つは再生可能資源。再生可能資源については、再生可能な範囲で使う。典型的なのは森林で、そのように使ってきた面もあります。しかし、もう一つに再生不能資源があります。これは使った分が消えていく。必ず減りますから持続可能じゃない、という問題があります。デイリーは「減った分を再生可能資源で補うことができる場合だけ使ってもいい」と言っています。こういう3原則を守ることが大切と言っていますね。

今紹介した持続可能な発展にかかわって、いくつかの定義のようなものを申し上げましたが、いずれもある意味で的確な一面を突いているところがあり、大事なコンセプトだと思います。「持続可能な発展」は1987年に委員会の報告書で使われたフレーズとしてたいへん有名になり、その後、リオのサミット(1992年)やリオ+20(2012年)のような会議でも必ず出てくる言葉です。率直に言うと、持続可能な発展、持続可能な社会をつくらないといけないと書いてありますが、あと書いてあることはそれとどういう関係があるのかよくわかりません。せいぜい環境負荷を減らすと書いてある。それは悪い話じゃないですね。その通りだと思います。それは持続可能な発展や持続可能な地域社会をつくる一つの要素というふうには言えると思いますが、それが本当に持続可能な発展を実現したということになるのか。私自身はこの考え方に魅力を感じたものでありますので、使えるものにしたい、実際に役に立つ考え方にしたいと強く思っていました。これはなかなか簡単ではありません。逆に言うと、サステイナブルキャンパスという形で実際の具体的な、大きく言えば大学改革、この方向にサステイナビリティ、サステイナブル・ディベロプメントの考えが入っていくことはとてもすばらしいことだと思います。これはあらゆる領域で進んでおり、サステイナブル・アグリカルチャー、あるいはサステイナブル・シティーというのもありますし、それぞれのあらゆる領域にサステイナブル・ディベロプメント、サステイナビリティの考え方を持ち込んでいくわけです。こういうふうにあらゆる領域で、すべての社会が考えている、あるいは取り組んでいるというのが今の状況だというふうに思います。今日の私の話では、そういうものの一環として、サステイナブルキャンパスにどういう持続可能な発展のどういう考え方を持ち込んでいくことが、サステイナブルキャンパスをより発展させることになるのかということを考えてみたいと思います。

デイリーの「持続可能性3原則」には、サステイナビリティという面とディベロプメントという面があります。このディベロプメントという概念は本当に奥の深い概念だと思いますが、時々誤解があって、「持続可能な発展」を「持続可能な成長」なんて言っている場合すらあります。これは明らかな誤りであります。「成長」というのは端的に言うと、GDPで測れる一次元的な経済の成長ということですけれど、ディベロプメントというのは多次元の概念であり、この内容を深めることがじつは私はサステイナブル・ディベロプメントの本当の意味を理解する上でとても大切だと思っています。そのディベロプメントという概念の再検討というのが1980年代ぐらいからずいぶん世界的に進んだと私は理解しています。この概念は多面的で、たとえば「ソーシャル・ディベロプメント」という言葉を「社会開発」と日本では訳されています。具体的に言うと、男女共同参画みたいなことですね。日本は所得水準が高いが、ジェンダーのような話になるとずっと下のほうになる。単純に所得を上げたら解決する問題もありますけれども、それだけでは解決しない問題がありますね。それ故、ディベロプメントというのは、単に所得水準を上げる概念ではなくて、発展のあり方みたいなことを問うところがあり、究極の問いだと思います。

『What is development about it?』とは、アマルティア・センというノーベル経済学賞をもらった人の論文のタイトルですけれども、ずっとこのことは問われ続けると思います。人間の社会が発展するということはどういうことなのかと。この問いは、2つの側面から見る必要があると思っています。一つは発展の究極的基盤を壊してはいけないという問題と関係しています。この議論に大きな影響を与えた最初のレポートは、1972年のローマクラブの『成長の限界』というレポートですけれど、世界的大ベストセラーになっていますね。成長の限界というのは、今のような成長を続けていると成長できなくなる。なぜかと言うと、資源が枯渇する、環境が汚染されていく。そういうことが起こると今後の発展のための一番の大本の基盤を壊す。それはだめだと。短期的にはよく見えてもまずいということですね。しかし、この問題は依然として続いています。ずっと続いていくとも思います。環境負荷を減らせとか、資源の利用の仕方を変えるというのはこういう問題と当然結びついた問題だと思うのですが、もう一方で、ここでは「発展の帰結」というふうに書かせていただいています。これは要するに、発展できた結果、どうなったのか、あるいは人々はどう思っているのか。よく最近、ブータンの幸福とかいう議論がありますが、なぜあのような議論が出てくるのかと思いますと、GDPとしてはすごい水準に日本もなりましたが、しかし、より良くなったかと言われると疑問をもつ人も多いわけです。人々は幸福になったのか、というふうな問いもあります。発展の結果何が得られたのかという発展の帰結を人々がどう評価するかという問題があり、発展の概念というのは、基盤の側面と帰結の側面を併せて見ていく必要があるといえるかと思います。

アマルティア・センという人が言った発展の概念は、こういう議論の中で非常に重要な問題を提起しているところがあって、私はサステイナブルキャンパスの議論にも示唆を与えるものだと思っています。彼にはたくさんの著書があり、そのすべてが影響を与えたといってもいいくらいですけれども、このディベロプメントというものに焦点を当てて書いているものとして『Development as freedom』という著書があります。この本は日本語の訳が悪くタイトルが『自由と経済学』と訳されています。この意味は「フリーダムとしてのディベロプメント」「より自由になることが発展なんだ」、こういうことを言っているわけです。より自由になるとはどういうことか。所得も一つだと思います。つまりお金がないからできないことがたくさんあるわけで、お金があるようになればできるようになることがある。これも一種の自由の拡大ということにつながるわけです。やはり選択できる機会があると、機会が保証されている場があることもとても大事になってくる。彼は「ケーバビリティ・アプローチ」と言っています。その彼の考え方は国際機関にも使われ、UNDBP国連開発計画、United Nations Development Programが1990年から発行している「Human Development Report」、日本語訳では『人間開発報告』と訳されていますし、「Human Development Index」という「人間開発指数」というものを使用しています。国とか地域社会が良くなったかどうかというのをHuman Developmentで測る。日本語訳は「人間開発」になっていますが、私に言わせれば「人間発達」。人がよりdevelopしたと思います。ディ・ベロップdevelopというのは、私の理解ですが、ベロップはenvelopというような言葉に使われる、「包まれている」ということですね、封筒みたいに。それを「ディ」するわけですから「開放する」。だから人間のもっていた潜在的な能力みたいなものが出てくる。だからdevelopmentというのはとてもいい言葉なんですね。人のもっている潜在的な能力や従来の生き方の幅がより広がるということが重視された概念だろうと思います。地域を開発すると言うと、すぐ鉄道を引いたり、道路を走らせたり、そういうイメージになってしまうわけですが、この観点からすると、人の能力がどれだけうまく、潜在的だったものが顕在化できるか、その人たちの自由がどれだけ拡大したか、というようなことが重視されることかと思います。

そういう意味で言うと、サステイナブル・ディベロプメントというのは、サステイナブル・ヒューマン・ディベロプメントというふうに言うのが、本当は的確なのではないかというふうに思っています。環境や経済の持続可能性を実現していく過程がヒューマン・ディベロプメントでもあることによって初めてサステイナブル・ディベロプメントも実現できるし、そのことが、このダスグプタという人が使っている用語で言えば生活の質、ウェル・ビーイングの向上につながるといえると思います。ダスグプタという人はケンブリッジの先生ですが、この人は持続可能な発展というのを生活の質、あるいはウェル・ビーイングという用語で説明しています。Well-beingの「being」は「存在」ですから、「良き生き方ができるようになる」みたいなことです。Well-beingが持続的に向上していくことを「持続可能な発展」と呼びましょうと提言しています。

ここまでの話はかなり抽象的で、できるだけ具体化していきたいと私も思っています。このダスグプタが、生活の質やウェル・ビーイングが持続的に向上していくのを、2つの側面で考えてみようと言っています。構成要素の面と決定要因の面だと。構成要素というのは生活の質やウェル・ビーイングそのものということで、幸福、自由、健康とかであります。つまり発展というのは、より幸福な社会になったのか、より自由な社会になったのか、より健康な社会になったのかを問うていかなければならないと言っているわけです。同時に、そういう構成要素たるウェル・ビーイングを実現するためには「ウェル・ビーイングの決定要因」と言っているわけですけれど、そういう幸福な社会、自由な社会、健康な社会を支える材やサービス、あるいは仕組みというものがあります。そういうものをつくり出す、これを「ウェル・ビーイングの生産的基盤」と呼んでいるわけですけれど、それの持続的向上というものが大事だと。つまり、持続可能な発展というのは「ウェル・ビーイングの持続的向上」なんですが、それはウェル・ビーイングそのものと言ってもいい、幸福や自由や健康が持続するんですか、ということと同時に、それをつくり出す、それを支える社会の基盤が持続するんですか、それが持続する社会ですか、と問うているわけであります。その生産的基盤というのは資本、資産と制度というものの組み合わせであるとされていますが、たとえば大学を考えてみてもそうだと思うんですが、大学も何かをつくり出している。何かを使って何かをつくり出している。人工的な資本、人的な資本、知識、そして自然資本というものを集めてうまく組み合わせて何かをつくり出す。これはあらゆる組織がやっていることだと思えるわけですが、それをうまくやれるかどうかというのは、その組み合わせ方や配分のメカニズム、それをオーガナイズしているものが一種の制度でありますので、持続するということは、じつはWell-being (福祉)の生産的基盤、自然資本が持続することでもあり、知識が持続的に発展することでもあり、同時にそれらをうまく組み合わせて、つくり出すための制度が持続的に良くなっていくという、そういうニュアンスが込められていると思います。

「持続可能な」という言葉の、もう一つ私がたいへん大事だと思っていることは、時間軸が入っていることですね。変化が入っている。ですから、どちらかというと、今の状態がどうかということよりも、むしろより良い方向に変化しているかということを問うことが重要だという面があるというふうに思います。大雑把な言い方をすると「持続可能でない状態から持続可能な状態へ」。でも、持続可能な状態っていうのは、止まった状態ではなくて、前よりも持続可能になったというのが持続可能な状態と言えるかもしれないというふうに思います。そういう意味で時間軸上の変化を測るということと、そういう持続可能でない状態から持続可能な状態へ変えていくとか、よくtransitionとかtransformationという用語がよく使われるわけですけれども、そのあり方というのが大変重要だろうと思います。ですから、ある断面の評価というよりは、どういう変化が起こっていくか、その変化のプロセスはどういうふうになっているかというようなことが、より重要な、持続可能性、持続可能な発展を考える上で重要じゃないかと思うしだいです。

いよいよ持続可能な地域づくりという問題に入りたいと思います。今までは一般的な持続可能な発展ということをお話しました。持続可能な都市とか持続可能な地域とかいう問題は意外と難しいところがあります。わかりやすい例で言うと温暖化防止というのがありますね。これはもうグローバルに取り組まなければならない。一つの地域だけがやったって実現できない。その通りだと思いますが、私はグローバル・サステイナビリティという問題、これは重要な問題ですが、それこそグローバルに取り組んで、持続可能なグローバル社会みたいなものを考える必要がやっぱりあるんだと思います。それはそれで独自に取り組むべき点があるかとも思いますが、しかし同時に持続可能な都市や地域が、あるいは持続可能なコミュニティという言い方をしますけれども、そういうものがないのにグローバル・サステイナビリティだけ実現することは不可能ではないかと思います。相互に影響を与え合っている面があり、グローバルな動きがサステイナブルな方向に向いているときというのは、やはり持続可能な都市や地域づくりがやりやすい面があるという関係もあると思います。逆に持続可能な都市や地域づくりの成功例みたいなものがグローバル・サステイナビリティあるいはグローバルなサステイナブルな社会をつくるというようなことにヒントを与えるということも当然あると思います。

そういう意味で持続可能な地域づくりというのは、具体的なローカルイシューから取り組むわけですが、これは地域をつくり替える経験みたいなものをつくり出すことになりますので、この経験が広がることはとても意味のあることだと思います。先ほど申し上げたトランジションとかトランスフォーメーションというようなことは、非常に多様な地域が一種の社会実験的な取り組みをしていく。大学というのも一つの単位だと思いますが、そういう一つの地域や単位でのトランジションとかトランスフォーメーションの経験は大きな意味があると思います。同時に地域は閉鎖的なものではありません。クローズドなものではないと思います。あるいは現状でクローズドになりようがない、というふうにも思います。現実は、リーマンショックは典型的ですが、ああいうグローバルな衝撃が来ることがむしろ増えているんですね。ご存知の通り、最初はアメリカのサブプライムローンとかいう住宅ローンだった。その問題が世界中の企業や地域に大きな問題を与えるというようなことが実際に起こったわけです。ですから私は持続可能な地域というのはそういうグローバルな衝撃、それをなくすのは、地域だけの取り組みだけではできません。しかし、グローバルな衝撃に対しては、衝撃に強い地域と言いますか、今よくresilientという用語が使われますけれども、回復力をもっているというか、そういうような地域が持続可能な地域づくりの一つのカギを握っているようにも思います。どうやったら、先ほど申し上げた我々がもっている資本資産、人であったりインフラであったり、我々は大学ですから知識というものももっているわけですし、自然というのもそうです。そういうものをうまく活用しながら、同時に地域がレジリアントになるためには制度自体がレジリアント、適応能力があって、新しい状況に適合した制度につくり替えることができる、というようなことがやはり大事になってくるのではと思います。そういう意味で、持続可能な地域というのはレジリアントな制度をもったレジリアントな地域づくり。そういうような内容をもつのではなかろうかと思うしだいです。そういう地域とか制度をつくるということは、どうしたらできるか。それは、やはりそれを担う人がたいへん重要になってきます。一応ここではSDというのはサステイナブル・ディベロプメントということですが、あるいは持続可能な地域づくりと言っても良いと思いますが、そういうことを担う人材がいないといけないということだと思います。さらに、そういう人材はどこから出てくるのかということが課題とも言えるのではないかと思います。具体的にサステイナブルキャンパスとは、たとえば環境負荷の小さい大学ができる、キャンパスができる、これは結果としてのサステイナブルキャンパスです。でも、そういう目標を掲げてその目標を実現する、ということを進めていくようなことが、誰がどのように進めるか、という問題のほうがより本質的なテーマだと言えるかもしれません。教育や学習や、あるいは社会関係やネットワーク、協働、批判、あるいは信頼。そういう「物」ではないものを「持ってきて」と言われても、持ってくることは難しい。でも、その地域に信頼が醸成されているか、あるいはどういう社会関係があるか。ネットワークやパートナーシップがどのようにつくられているか、というようなことが多分、先ほど申し上げたようなレジリアントな地域や制度というのを考える際にはとても大事な要素になってくるのではないかと思います。そういう制度の進化や担い手が生まれてくる。その担い手は社会関係やパートナーシップをベースにして生まれてきたりすることがあると思います。そういう制度の進化や担い手がどうつくられていくか、というようなことを後で議論できたらと思っています。このSD人材はグローバルな問題もわかるし扱う。そしてローカルイシューにも強い。わりと使われている造語ですけれど「グローカル」な取り組み。グローバルだけとかローカルだけという訳ではなくて、ローカルに取り組むときもグローバルなセンスはもっているわけですし、グローバルに取り組むときもローカルを意識した取り組みである、というような発想が不可欠というふうに思います。

最後は大学がどういうふうに役割を果たすべきかということですが、これは先ほどから申し上げてきたことと関係しますが、元々持続可能な発展というのは、サステイナブル・ディベロプメントはサステイナブル・ヒューマン・ディベロプメントじゃないとサステイナブル・ディベロプメントにならない。ですから、サステイナブル・ディベロプメントを担う過程でヒューマン・ディベロプメントが起こらないといけない。そういう意味で持続可能な発展というのは、その担い手、SD人材と言っていいと思いますが、担い手がいて初めて実現の可能性が生まれる。「担い手がいて」と言いましたけれど、「担い手が育つ」ということですね。ですから持続可能な地域づくりというのも結局、持続可能な地域づくりを担う人材が出てくるということです。それ故、持続可能な地域づくりがまさに持続可能な地域づくりになるためには、持続可能な地域づくりを担う人材が持続的につくり出せるようにするということがとても大切なことだと思います。ちょっと、あまり聞き慣れない言葉を使っていますが、グローカルに取り組んで、この多世代共創と書いていますが、持続していくというのは次の世代にもということが必要なので、これがうまく引き継がれるためには、世代を超えて共につくったという経験がたいへん重要なのです。そういう取り組みが大事になってきているんじゃないかと思います。持続可能なグローカルな世代共創を担う人材をつくるというのが大学の一番の役割ということになります。そのための機会や体験や社会的学習につながるような場をどうつくっていくかがたいへん大事になっていくと思います。地域で取り組むというのは、実はこういう機会、体験、社会的学習のもっとも良い事例というふうに言えるのではないかと思います。地域と大学の協働ですので、地域の側からどういうモチベーションや課題があるかということと、大学の側からの情報をすり合わせることがたいへん重要だと思います。大きな目的というのは、やはり持続可能な地域づくりを進めていくということになりますと、その地域の側自身がそういう課題を抱えているわけですし、大学もサステイナブルキャンパスというのは持続可能な地域づくりを担う人材を育成するという観点ですので、育成のプロセスには地域での機会やプロジェクトを実際にやってみる、社会実装がよく使われる言葉になっていますがそういうことをやっていくことは大変大きな意味があると思います。サステイナブルキャンパス、私なりの持続可能な発展論からの示唆ということから言いますと、小篠先生の説明の中に3つの目的と言いますか取り組みが書かれていました。大学自体が環境負荷の低減を含めて、そのように変わっていくということですが、大学自体の変化は、多分、関係の変化を含むということだと思います。関係の変化を含むとは、地域との協働というようなことを明確に位置付けるということになると思います。大学について昔「象牙の塔」という言葉がありました。死語に近いと思いますが、一方でもちろん大学の基礎研究をするという非常に大事な機能があって、そういうものを大事にしないといけないと思います。大学全体として地域社会やグローバルな社会とどういう関係を取り結ぶかということについて、やっと取り組みが始まったということだと思います。今後進めていくことになりますが、大学の特徴としては取り組み方だとか貞献の仕方について、どこかでやっていることをそのままやるのではなくて、大学らしいと言いますか、トランジションとかトランスフォーメーションをどういうふうに地域社会やグローバル社会で進めていくか、なんらかのクリエイティブな貢献をする、そういうことがあってもよいのかなと思っています。そのことを通じて、持続可能な地域づくりを担う人材の育成の場になればいいかなと思っているしだいです。だいたい時間になりましたので、これで私の話を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。